自分はいつまでたっても自分がわからないので、毎日自分の気持ちの整理・振り返りのためにブログを書いています。
ある意味、ブログは今の自分を客観的に気づかせてくれるツールです。

ある相談場面で、こんなことを言われました。
「毎日ブログを書いているってことは『生きる意味』とかしっかり考えているのでしょうね」って。

この言葉でふと思いました。
「自分って『生きる意味』を全く考えたことがない…」ってことです。

「生きる意味」というか「生きる目標」をしっかり考えたことがないのです。
これに気付いたときに、自分自身で結構「ビックリ」しました。

いろいろな相談場面で「目標がモチベーションにつながるのです!」って、偉そうにほざいています。
でも、自分の「生きる目標」がない(って言うか考えたことがない)のです。

一瞬「目標なしって、こりゃ大変だ!」って思いましたが、でも「生きるためのモチベーションは高い」と思います(生活は大変乱れておりますが…)。

「どういう状態?」って自問自答しました。
どうやら「生きる目標」は全く考えたことがないのですが、「どうやったら生きていけるか?」と常に藻掻いていることに気付きました。

どうやったら悩みを減らせるか? どうやったら自分の気持ちに折り合いを付けられるか? 気持ちが平穏な状態を続けるにはどうしたらいいのか?…そんな日々の過ごすことで一杯一杯のようです。
そうやって、日々一杯一杯で生きているうちに、自分に「あり方」もボンヤリ見えてきています。

そっか、「生きる目標」は考えていないけど、「生き続けること」自体が目標なのかもしれないと気付きました(生活は大変乱れておりますが…)。
「生きる目標」を考える余裕なんて全くない状況ですが、「どうやったら生きていけるか?」は日々試行錯誤で考えています。

「目標」ありきで「行動」を計画する「演繹的アプローチ」ではなく、「行動」を積み重ねることで「目標(らしきもの)」を探す帰納的アプローチで生きていると理解しました。
自分の人生に試行錯誤的な無駄が多くて、それも全く嫌ではないのは、こういう気持ちのメカニズムだったと理解しました。

夜はちょっとリッチなお弁当でエビフライが立派でした。
生きていてよかった!