年中、何となく「追い詰められている」状態が続いていると、それすら慣れてきますね。
「追い詰められている」って被害者っぽい表現をしていますが、実際には自ら「追い詰められている」状態に飛び込んでいる、もしくはその状態を創っている…が正しいです。

逆に「追い詰められている」状態でないと、刺激が少なくてダメになっちゃうのでしょうね。
泳ぎを止めると死んじゃうマグロと同じですね。
自分も「追い詰められている」状態でないと、仕事の刺激が止まって死んじゃいそうです。

マグロも群れで泳ぐそうですが、自分の場合も「1人で泳いでいる状態ではない」ことは確実に言えます。
これが「大きな助け」になっています。

仕事をしていると、やたらと壁にぶつかって「立ち止まりそう」になります。
すると、何故か予想もしない方向から「助けの人」「助けの手」「助けのアイデア」が訪れてくれます。
自分の窮地を助けてくれた人には、単純に「ありがとうございます!」って感謝することしかできないですね。

ちょっと前ですが、ある人に助けられて「ありがとうございます!」と感謝の気持ちを込めてお礼を言いました。
すると、意外な答えが返ってきました。

「『助けてくれたから感謝』は別にどうでもいいんだよね。『感謝があるから助ける』んだよ」とのことでした。
そのように思ってもらえていることが、本当に嬉しかったのを覚えています。

助けてくれたから「感謝」するのは当たり前のことです。
でも、普段から「感謝」の気持ちで人と接していると、困った時に「助けよう」って思ってもらえるのですね。
つまり「助けられる」ことかが先か「感謝」が先か、と言ったら「感謝」が先ということです。

「感謝」の気持ちは忘れないようにしているつもりですが、「感謝」って言葉は薄っぺらいのであまり使わないようにしています。
言葉だけなら、どれだけでも「感謝」って言えますからね。
「感謝」を態度で表せるように、大切な人たちと向かい合いたいと思います。

来週の出張のために荷物を「クロネコヤマト」に出しいったら名古屋もけっこう雪でした。
自分はいつも「往復便」なので、集配所でしか受け付けてもらえないのです(コンビニでもできるのかなぁ)。

時間がなくて、近所のスーパーで惣菜の「カツカレー」です。
時々、カツカレーは無性に食べたくなります。