週末の土日は生成AIセミナーの「中級編」の資料作成に没頭していました。
これまでよく話していた「基本」や「事例」とは異なっているので、7割ぐらいは新しい視点での新規作成になります。
ただ、生成AIを活用すると以前の自分では到底できないような資料が比較的簡単に作れることに驚かされます。
正直に言うと、私自身も自分の成果物を作成する際に生成AIに頼ってしまうことがあります。
出来上がったものを見て「おお」と思うほど、自分の力を超えた完成度になることもしばしばです。
しかし、そんな中で何か引っかかりを感じることもあります。
生成AIが普及してから、私は「大切なのは、その人らしい不完全さ」だということを強く感じるようになりました。
その人らしさが人を魅了し、同時に不完全さが人を巻き込んでいく力を持っていると感じます。
完璧だからといって必ずしも人が魅力的に感じるわけではなく、むしろ人間らしい部分にこそ魅力があると実感しています。
たとえばブログやSNSなどの直接顔を会わさないメディアはその傾向が強いです。
この違いを考えるとき、時間軸の捉え方が重要だと思います。
時間軸を「点」として捉えた場合、そのポイントでAIが書いた記事や投稿の完璧さは確かに素晴らしいものがあります。
一方、時間軸を「線」として捉えた場合は少し異なると感じています。
未熟な状態からの成長過程、試行錯誤の跡、そして少しずつ上達していく連続性こそが人間らしさを感じさせてくれます。
生成AIは確かに便利なツールで積極的に使うべきだと考えます。
しかし、それに頼りすぎることで、私たちが持つ「人間らしい魅力」を見失ってはいけないのではと感じます。
完璧ではないけれど、その人ならではの視点や体験、そして成長の軌跡を大切にしながら情報発信を続けていくこと。
これからの時代においてより一層重要になってくると感じています。




